令和8年度税制改正では、源泉所得税に関わる実務変更が複数あります。特に、基礎控除・給与所得控除の引上げ、扶養親族等の所得要件の見直し、通勤手当や食事支給の非課税枠拡大は、給与計算・年末調整の実務に影響します。
この記事では、源泉所得税の改正内容と、企業の給与担当者・税理士が顧問先へ伝えるべき実務対応を整理します。
源泉所得税の改正で何が変わるのか
令和8年度税制改正では、源泉所得税に関わる次のような改正が行われました。
- 基礎控除の引上げ
- 給与所得控除の最低保障額の引上げ
- 扶養親族等の所得要件の改正
- 通勤手当・食事支給の非課税枠拡大
- 防衛特別所得税の創設
国税庁の「源泉所得税の改正のあらまし」でも、令和8年度税制改正による源泉所得税関係の主な改正項目が整理されています。
令和8年11月までの月次源泉徴収は変更なし
今回の改正で特に注意したいのは、すべての改正がすぐ月次給与に反映されるわけではない点です。国税庁は、基礎控除等の改正について、令和8年11月までの給与等・公的年金等の源泉徴収事務には変更が生じないと案内しています。
つまり、基礎控除や給与所得控除の引上げは、令和8年1月から11月までの給与計算で税額表を変更するものではありません。これらは、令和8年12月の年末調整で反映する流れです。そのため、顧問先には、「月次給与ですぐ変更するもの」と「年末調整で精算するもの」を分けて伝える必要があります。
【出典】源泉徴収義務者の方|国税庁
令和8年12月の年末調整で反映する改正
基礎控除・給与所得控除・扶養親族等の所得要件は、令和8年12月の年末調整で大きく関係します。給与担当者は、年末調整システムや従業員向け案内の更新にも注意が必要です。
基礎控除の引上げ
基礎控除は、所得税計算における基本的な控除です。令和8・9年分については、合計所得金額489万円以下の人の基礎控除額が104万円になります。489万円超655万円以下は67万円、655万円超2,350万円以下は62万円です。令和10年分以後は一部の控除額が変わるため、令和8・9年分の扱いと混同しないようにしましょう。
| 合計所得金額 | 令和8・9年分 | 令和10年分以後 |
|---|---|---|
| 132万円以下 | 104万円 | 99万円 |
| 132万円超〜336万円以下 | 104万円 | 62万円 |
| 336万円超〜489万円以下 | 104万円 | 62万円 |
| 489万円超〜655万円以下 | 67万円 | 62万円 |
| 655万円超〜2,350万円以下 | 62万円 | 62万円 |
| 2,350万円超 | 改正なし | 改正なし |
令和8年分・令和9年分は、合計所得金額489万円以下の人の基礎控除額が104万円です。そのため、年末調整では従業員本人の所得見積額に応じた控除額の判定が重要になります。なお、合計所得金額2,350万円超の場合の基礎控除額には、今回の改正による変更はありません。
給与所得控除の最低保障額の引上げ
給与所得控除の最低保障額は、本則として65万円から69万円へ引き上げられます。さらに、令和8年分・令和9年分については5万円の特例加算が設けられました。その結果、給与収入190万円以下の人の給与所得控除額は74万円です。
この改正は、給与収入が比較的低いパート・アルバイトの従業員や、扶養判定に関係する家族の収入確認に影響しやすい内容です。年末調整では、改正後の「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」に基づいて年税額を計算します。そのため、給与計算ソフトやクラウド年末調整システムの改正対応状況を確認しておきましょう。
扶養親族等の所得要件の緩和
基礎控除と給与所得控除の見直しに伴い、扶養親族等の所得要件も改正されています。扶養親族、同一生計配偶者、ひとり親の生計を一にする子については、所得要件が58万円以下から62万円以下へ引き上げられました。給与収入だけの場合は、136万円以下が目安です。
また、配偶者特別控除の対象となる配偶者は62万円超133万円以下、勤労学生は89万円以下へ見直されています。従業員の配偶者や子どもがパート・アルバイト収入を得ている場合、扶養判定が変わる可能性があります。そのため、年末調整前に収入見込みを確認するよう案内しましょう。
生命保険料控除の特例も確認する
年齢23歳未満の扶養親族を有する場合、新生命保険料に係る一般生命保険料控除について特例が設けられています。年間の新生命保険料が120,000円を超える場合、控除額は一律60,000円となります。また、旧生命保険料と特例対象の新生命保険料を支払った場合についても、一般生命保険料控除の適用限度額は6万円とされています。ただし、一般生命保険料控除・介護医療保険料控除・個人年金保険料控除の合計適用限度額は12万円です。
子育て世帯の年末調整では、扶養親族の年齢や保険料控除証明書の内容を確認する必要があります。従業員からの問い合わせが増える可能性があるため、年末調整資料の案内文に補足を入れておくとよいでしょう。
【出典】令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について|国税庁
令和8年4月から月次給与に影響する改正
基礎控除や給与所得控除は年末調整で反映する項目です。一方、通勤手当や食事支給の非課税枠拡大は、令和8年4月1日以後の支給分から影響します。手当設定をしている企業では、月次給与計算の課税・非課税区分の確認が欠かせません。
通勤手当の非課税限度額の改正
自動車や自転車などの交通用具を使って通勤する人については、片道65km以上の区分が細分化され、非課税限度額が引き上げられました。片道95km以上の場合は、月額66,400円まで非課税です。また、一定の要件を満たす駐車場等を利用している場合の取り扱いも変わりました。具体的には、通勤距離に応じた非課税限度額に、1か月当たりの駐車場等の料金相当額を上限5,000円まで加算できます。
この改正は、令和8年4月1日以後に支払われるべき通勤手当に適用されます。長距離の自動車通勤者がいる企業や、駐車場代を通勤手当として支給している企業では、給与計算ソフトの手当設定を確認しましょう。
食事支給・夜食代の非課税枠拡大
使用者からの食事の現物支給については、所得税の非課税限度額が月額3,500円から7,500円に引き上げられました。また、深夜勤務に伴う夜食の現物支給に代えて支給する金銭についても、非課税となる1回当たりの支給額が300円以下から650円以下へ拡大しています。これらは、令和8年4月1日以後に支給する食事等について適用されます。
社食補助、食事手当、深夜勤務者向けの夜食代を支給している顧問先では、福利厚生制度の内容と給与計算上の課税区分を見直す必要があります。基礎控除等と異なり、月次給与に直接影響するため、すでに対応が必要な改正です。
退職所得・令和9年以後の源泉徴収に関わる改正
源泉所得税の改正では、毎月の給与だけでなく、退職所得や令和9年以後の源泉徴収にも注意が必要です。該当者が限られる場合でも、発生時に見落とすと事務ミスにつながります。
退職所得課税の見直し
退職所得課税では、退職所得控除額の重複排除の取り扱いが見直されています。具体的には、確定拠出年金の老齢一時金と退職手当等を一定期間内に受け取る場合の扱いが対象です。また、令和8年1月1日以後に支払うべき退職手当等についても変更があります。すなわち、退職手当等の支払を受けるすべての居住者に係る退職所得の源泉徴収票を、税務署長へ提出することとされています。
退職金を支給する予定がある企業では、退職所得の受給に関する申告書、退職所得の源泉徴収票、確定拠出年金の一時金受給歴などを確認しましょう。役員退職金や高額退職金がある場合は、税理士と連携して確認することが重要です。
防衛特別所得税の創設
令和9年1月1日以後に生ずる所得に対する所得税については、防衛特別所得税が創設されます。源泉徴収義務者は、所得税を徴収する際に、防衛特別所得税として源泉徴収すべき所得税額の1%相当額を併せて徴収・納付しなければなりません。一方、復興特別所得税の税率は2.1%から1.1%へ引き下げられます。
実務上、所得税額に上乗せする割合は、復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%を合わせて2.1%となります。そのため、源泉徴収税額の計算負担率は従来と大きく変わりません。国税庁も、改正前後で合計税率は2.1%のままであり、源泉徴収税額の計算方法に変更は生じないと説明しています。ただし、制度名や帳票、納付書、給与計算ソフトの表示が変わる可能性は残ります。そのため、令和9年1月以後の更新状況を確認しておきましょう。
税理士が顧問先に伝えるべき対応ポイント
今回の改正は、適用時期が項目ごとに異なります。税理士は、顧問先の給与担当者が混乱しないよう、月次給与で確認すべき項目、年末調整で対応すべき項目、令和9年以後に備える項目を分けて案内することが重要です。
| 確認項目 | 対応内容 |
|---|---|
| 通勤手当 | 長距離通勤者・駐車場代の非課税設定を確認 |
| 食事支給・夜食代 | 月額7,500円・1回650円以下の非課税枠を確認 |
| 年末調整システム | 令和8年分の改正対応版へ更新されているか確認 |
| 基礎控除・給与所得控除 | 所得見積額に応じた控除判定ができるか確認 |
| 扶養情報 | 配偶者・扶養親族・勤労学生の所得見積額を確認 |
| 生命保険料控除 | 23歳未満の扶養親族がいる場合の特例を確認 |
| 退職金支給 | 退職所得の申告書、一時金受給歴、源泉徴収票提出を確認 |
| 令和9年対応 | 防衛特別所得税に関する給与ソフト・帳票更新を確認 |
適用時期を時系列で整理する
改正の適用時期は、次のように整理できます。
- 令和8年4月1日以後の支給分から: 通勤手当と食事支給の非課税枠が変わっています。
- 令和8年12月の年末調整で: 基礎控除、給与所得控除、扶養親族等の所得要件、生命保険料控除の特例を反映します。
- 令和9年1月1日以後: 防衛特別所得税の創設と復興特別所得税の税率変更が関係します。
このように時系列で整理すると、顧問先が「今すぐ対応するもの」と「年末調整までに準備するもの」を把握しやすくなります。
年末調整資料と従業員向け案内を早めに整備する
令和8年分の年末調整では、扶養親族等の所得要件や給与所得控除の見直しにより、従業員からの問い合わせが増える可能性があります。特に、配偶者や子どものパート・アルバイト収入がある場合、扶養判定の確認が重要です。
顧問先には、年末調整資料の配布時に次の点を案内しましょう。
- 配偶者・扶養親族の収入見込みを確認すること
- 学生アルバイトの収入にも注意すること
- 23歳未満の扶養親族がいる場合は生命保険料控除の特例を確認すること
給与計算ソフトやクラウド年末調整システムを利用している場合も、改正対応版への更新状況を確認する必要があります。
まとめ
令和8年度税制改正では、源泉所得税に関わる実務変更が幅広く行われています。基礎控除や給与所得控除の引上げ、扶養親族等の所得要件の緩和、生命保険料控除の特例は、令和8年12月の年末調整で反映する改正です。一方、通勤手当や食事支給の非課税枠拡大は、令和8年4月1日以後の支給分から月次給与に影響しています。
また、令和9年1月1日以後は、防衛特別所得税の創設と復興特別所得税の税率変更が予定されています。合計税率は変わらず、源泉徴収税額の計算方法に変更は生じないとされています。ただし、制度名や帳票、給与計算ソフトの表示確認は必要です。
税理士は、改正内容を単に伝えるだけでなく、顧問先ごとに「月次給与で確認するもの」「年末調整で反映するもの」「令和9年以後に備えるもの」を分けて案内することが重要です。早めに給与計算ソフト、手当設定、年末調整書類、扶養情報を確認することで、給与計算ミスや年末調整ミスを防ぎやすくなります。









